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福島地方裁判所 昭和37年(行)3号 判決

原告 酒井軍次

被告 福島県教育委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(一)  原告訴訟代理人は、「被告が昭和三七年三月三一日附で原告に対してなした免職処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(二)  原告訴訟代理人は、請求原因として、

原告は、福島県立南会津高等学校の教諭の職にあつたものであるが、被告は、昭和三七年三月三一日附で原告に対し地方公務員法第二八条第一項第一号および第三号の規定に基づき、免職処分をなした。

しかし、右処分は、つぎのような重大、かつ明白な瑕疵があるから無効である。

第一に、本件免職処分の事由とされている事実は、全く存在しない。

すなわち被告は、右処分事由として、原告が学校長の命令に従わないとか、長期無断欠勤をしたとか、校務を無断処理したとか更に勤務成績が不良であるとかいうが、これらの事実は、原告の身に覚えのない虚構の事実である。

原告は、拓殖大学専問部農業経済科を卒業したのち、二十数年間も教職にあつたもので、青年学校や新制・旧制の各中学校・新制高等学校の農業科および社会科の教諭を歴任してきたが、その間誠実かつ勤勉に、恙なく勤務してきた。しかるに福島県立南会津高等学校に目黒嘉祐が校長として赴任するや、当時同校つゝじが丘分校朝日校舎の主任をしていた原告に対し、同校長は何故か嫌悪の情を抱き、ことさらに虚構の事実を被告に報告するに至つたものと思われるが、被告は、かゝる学校長の具申のみを盲信し、原告に対し一言半句の弁解の機会も与えることなく、当然なすべき審理手続もふまずに、突如免職を発令するに至つたものである。かゝる処分は、分限についての公正の原則(地方公務員法第二七条)職員の平等取扱の原則(同法第一三条)および分限に関する事実の明確性ないし厳格性の原則(同法第二八条)に明らかに違背し、無効たるを免れない。

第二に、本件免職辞令は、昭和三七年三月三一日附であるにも拘らず、前記南会津高等学校長は、同月一八日に右辞令書を原告に交付した。このように、辞令書記載の日附前に現実の交付があつた場合には処分の効力は生じない。

第三に、本件免職処分は、被告教育委員会の議決を経ることなく福島県教育委員会訓令である教育長専決規程に基づき教育長の専決でなされたものである。しかして地方教育行政の組織および運営に関する法律第二六条によれば、教育委員会はその規則をもつて定めた場合に限り、その権限に属する事務の一部を教育長に委任し又は教育長をして臨時に代理させることができると規定され、これに基づく福島県教育委員会規則である教育長委任規則によれば、学校教職員の任免に関する事項は教育長に対する委任事項から除かれているにもかかわらず一片の訓令をもつて重大な免職処分を教育長の専決事項と定めた前記教育長専決規程は前記の法律ならびに規則に違反する無効のものであり、したがつて、この訓令に基づいてなした教育長の専決処分は、正当な権限あるものによつてなされたものとはいえないから、無効である。

と述べ、

なお、原告は、昭和三七年一〇月二四日附で、福島県人事委員会に対し、本件免職処分につき不利益処分審査請求をしたところ、同委員会は同月三〇日附で不服申立期間徒過の理由で却下したが、原告は本件免職処分の通告をうけるや悶々として不眠症に陥り、記憶力・思考力および判断力が極度に減退し精神粍弱状態となつて、かゝる状態が本訴提起に至るまで継続したゝめ、出訴に先だつて訴願を経ることが不可能であつた。かゝる次第であるから、訴願の裁決を経ることなく本件訴訟に及んだことにつき正当な事由がある。

と述べた。

(三)  被告訴訟代理人は答弁および主張として、

被告が原告に対し原告主張のとおりの免職処分をなしたこと、および原告の経歴・身分関係が原告主張のとおりであることは認めるがその余の事実は争う。

本件分限免職処分は、つぎのとおり適法かつ有効であつて、何の瑕疵もない。

原告は昭和三二年六月一日附で福島県立南会津高等学校つゝじが丘分校の教諭となり、朝日校舎で実習指導を担当(たゞし、ここでの専任教諭は原告一名のみで、他には講師が四名いるだけだつたので、事実上農業科講義や体育等も担当した)、昭和三六年六月一日から同校南郷校舎に移り、こゝで校地の整地と緑化の作業とを担当することゝなつたが、以上の期間を通じて、原告の勤務態度は悪く、校長の再三の指示に従わず職務を怠たり、校長の承認なく無断で長期欠勤をかさね、又校長の承認なく独断で校務を処理する等の行為があり、更にその勤務成績は極めて不良で、教員として不適格であつた。

以上の事実は、地方公務員法第二八条一項一号および三号にまさに該当するものであつて、かような事実が存する以上、原告を分限免職に付するかどうかは、任免権者たる被告の裁量の範囲に属し、何ら違法ではない。

又、原告に対する免職手続の経過は、つぎのとおり適正になされた。被告は、原告の勤務状況について慎重に検討した結果、昭和三七年二月一六日附で、県立南会津高等学校長あて、教育長名で(一)原告に対し同年三月三一日附で退職をすゝめる、(二)原告がこれに応じないときは、地方公務員法第二八条による分限免職をする旨通告する、(三)この通告は、労働基準法第二〇条の解雇予告の趣旨なので、二月二七日までに行なうべき旨を指示し、同校長は右指示のとおり行なつた。しかして、分限免職処分は、被告の権限に属する事項であるが昭和三一年一二月一日福島県教育委員会訓令第二号教育長専決規程第一条第二号により、これを教育長に専決処理せしめる定めとなつているところ、本件については慎重を期し、特に同年二月二三日の県教育委員会の了承を得てある。

教育職員の任免に関する事項はもとより教育委員会の権限であつて、これを教育長に委任していないことは原告主張のとおりである(教育長委任規則(昭和三一年一二月二六日教育委員会規則第八号)第一条三号)が、しかし、このことは、内部的関係において、教育職員の任免に関する事項を所属職員たる教育長に補助執行させることを許さないものではない。けだし、この場合には、所謂委任と異なり外部に対する関係で、権限の所在に何ら変動を生じるものではないからである。従つて教育長専決規程は、教育長委任規則に違反するものでなく、有効である。のみならず、本件処分に際しては、前述のとおり、特に教育委員会の事前の承認を得ているのであるから、本件処分が無権限のものによりなされたとはいかなる意味でもいゝえない。

このようにして、教育委員会の承認のもとに、原告に対する本件免職辞令ならびに処分事由説明書が作成せられ、これらは南会津高校長を通じて昭和三七年三月二四日原告に交付され、辞令の日附は同月三一日であつたから、辞令に記載せられた三月三一日の到来とともに、本件免職処分は効力を生じることゝなつた。

しかるに原告は、右辞令を机上に差し置いて退出したので、学校長は更に同月二八日ごろ、原告あてに郵便に付してそれらを発送し、辞令の日附である三月三一日ごろ原告に到達した。

従つて、いずれにせよ、本件免職処分は、昭和三七年三月三一日に、その効力を生じている。

以上のとおりであるから、本件免職処分は、その内容においても、又その手続においても、いさゝかの違法もない。

なお、本件処分に対して、原告は昭和三七年一〇月二四日附で、福島県人事委員会に対し、不利益処分審査請求をなしたが、不服申立期間を徒過しており、かつ徒過したことにつき宥恕すべき事由もないとの理由で、同月三〇日附で同委員会はそれを却下したことは認めるが、原告主張の如き事情のため、訴願の裁決を経ることなく本訴提起に及んだことについて、正当の事由があるとの点は争う。

と述べた。

(四)  証拠〈省略〉

理由

(一)  原告が福島県立南会津高等学校の教諭であつたこと、昭和三七年三月三一日附で、被告は原告に対し、地方公務員法第二八条一項一号および三号の規定に基づき、免職処分をなしたことは、当事者間に争いがない。

(二)  ところで、右免職の事由として被告の主張するところは、原告において、所属長たる校長の再三の指示に従わず職務を怠り、校長の承認なく無断で長期欠勤をかさね、又校長の承認なく独断で校務を処理する等の行為があり、更にその勤務成績が極めて不良であるというにあるが、証人目黒嘉祐の証言により成立を認めうる乙第一号証ならびに同証言、証人近藤金弥、同五十嵐倭一の各証言および真正に成立したことについて当事者間に争いのない甲第二号証の一、二、同第一四号証、同第三三号証、同第三四号証および弁論の全趣旨を総合すれば、被告の右主張事実の存在を肯認できないわけではなく、それが全く虚構の事実であるとの原告の主張は、本件全証拠によつても認め難い。従つて、原告を分限免職に附した被告の処分は、これを無効にしなければならない程度に重大かつ明白な瑕疵があるとはいえない。

(三)  次に、原告は、本件免職辞令の日附が昭和三七年三月三一日であるにも拘らず、原告が右辞令書を交付されたのは、それ以前の三月一八日であつたから、処分の効力は生じないと主張するが、仮に原告主張のとおり免職辞令の日附である三月三一日前に交付されたとしても、所謂附款付免職処分があつたものと解すべく、免職処分自体は有効であり、ただ免職処分の効力の発生が三月三一日の到来にかかるにすぎないのであつて、免職辞令の日附と辞令交付の日とが異なるからといつて、免職処分の効力がないとはいえないから、この点に関する原告の主張は失当である。

(四)  更に、原告は、被告が訓令である教育長専決規程に基づいて、免職処分をなしたのは違法であると主張する。しかしながら、まず行政庁が行政事務の能率的遂行の必要に基づきその権限に属する事項のうち概して日常的または定型的な事項を所部の上級職員に内部的に専決処理せしめることは、もとより許されるのみならず、また何が日常的定型的な事項であるかは、当該行政庁において合目的性の見地からその裁量によつて決しうるところというべきである。また、比較的高度の判断作用を伴う事項であつても、当該行政庁の長その他最高意思決定機関の事前または事後の承認にかからしめている限り、これを上級の職員に専決処理せしめることも許されるというべきである。しかして、本件免職処分は、処分によつて著しい不利益を与える懲戒処分と異なるのみならず、前記教育長専決規程第二条二項によれば、教育長が専決処理をした場合には、次回の教育委員会でその承認を得なければならないとされていること等に徴すれば、右教育長専決規程およびこれに基づいてなした教育長の専決処分は違法無効というわけにはいかない。それゆえ原告の主張は理由がない。

(五)  なお、出訴期間内に提起せられた行政処分無効確認請求の訴には、予備的にその取消請求をも含むものと解しうるとしても、本件の場合、原告が本件訴訟提起後になつて福島県人事委員会に出した不利益処分審査請求は、不服申立期間徒過の理由で昭和三七年一〇月三〇日却下され、この却下処分は確定しているから、結局本件訴訟は訴願前置の要件を欠くこととなり、取消訴訟としては不適法とならざるをえず、さりとて、原告主張のように訴願の提起をせずに本件出訴に及んだことについての正当な事由の存在につき立証があつたと認められないから、いずれにせよ取消事由につき判断をする限りではない。

(六)  以上のとおりで、原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 小野幹雄 橋本享典)

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